第2回:三重県8局を結ぶS-MIXによる地域ICTの推進
「挑み続ける業界フロントランナー」はB-magaの新企画として、インターネットの基礎技術を活用した新たな事業やサービスに挑むフロントランナーを訪問し、その着想から、社内外の調整、システム構築、運用上の課題や成果までをレポートしています。 業界での横展開が加速されることを期待して、B-magaでの記事に加え、WEBページで詳細に解説し、さらにYoutubeChannelでは経営層から企画や技術の担当者に登場いただき、生の声を紹介するという、メディアミックスでレポートしていますので、参考にしていただければ幸いです。
第2回は三重県の株式会社ケーブルコモンネット三重(CCM)を訪れ、三重県内のケーブルテレビ8社を結ぶ広域イーサネットサービス『Super Mie Internet eXchange』、通称『S-MIX(エスエムアイエックス)』をとりあげます。
1990年代、アメリカのクリントン政権下でゴア副大統領が提唱した情報スーパーハイウェイ構想に端を発し、日本でも各地域で情報ハイウェイが構築されました。 三重県では情報ネットワーク基本計画が2006年に策定され、これを受けてS-MIXが2008年に稼働を始めたそうです。
その後 第二期、第三期とネットワークの機能と速度のアップグレードを続けてきたそうです。 CCMやS-MIX構築のきっかけや苦労話、現在の役割さらには今後のビジョンなどをお聞きします。
インタビュアーは一般社団法人日本ケーブルラボの宇佐見正士専務理事にお願いしました。 ご回答は株式会社ケーブルコモンネット三重から代表取締役の田村欣也様、専務取締役の野田実様にお願いし、CCM出資会社および協力社として株式会社ZTVの常務取締役 中山貴康様にお願いしました。 なお、田村欣也様は株式会社ZTVの代表取締役社長でもあり、CCMとZTVの両社の経営の立場からコメントを頂いています。
1. CCM設立のきっかけ
JLabs/宇佐見:株式会社ケーブルコモンネット三重(CCM)設立のきっかけと役割を教えてください
CCM/田村:当時三重県からのNWビジネスやCM依頼の窓口について三重県ケーブルテレビ協議会がその調整を担っていましたが、法人格が無かったため協議会としては契約行為が困難でした。
県側としてはケーブルテレビ事業者各社とは契約していましたが、どうしても煩雑になりがちだったこともあり、ひとつの法人格を持った組織を作ろうということで、調整の結果県内5社のケーブルテレビ事業者からの出資によりCCMが設立されました。
名称 | 株式会社ケーブルコモンネット三重 |
所在地 | 〒514-0131 三重県津市あのつ台四丁目7番地1 |
設立日 | 平成18年10月2日 |
資本金 | 2,000万円 |
出資企業 | 株式会社ZTV 伊賀上野ケーブルテレビ株式会社 株式会社アドバンスコープ 松阪ケーブルテレビ・ステーション株式会社 |
JLabs/宇佐見:全国各地でデジタル化やハイビジョン化をきっかけに共同ヘッドエンドや番組共同購入を目的として同様な企業を設立するケースがあったようですが、CCM設立時のご苦労はありましたか?
CCM/田村:各局の通信インフラ設備投資やチャンネル採用方針に対する考え方の違いがあり、県内8社ではなく5社から出資をしてもらうことになりましたが、県のネットワークの必要性については考え方が一致していたので、県内8社のケーブルテレビ事業者が共同で運営しています。
各社が同じ方向を向いて進んで行く事に賛同頂けることに一番注力しました。
JLabs/宇佐見:参加企業の考え方やベクトルを合わせてCCMをずっと維持して、成長させていくことは難しいのではないかと思いますが、キーポイントはありますか?
CCM/田村:平素からの意思疎通をしっかり図ることが一番大きいと思います。
株主の事業再編により現在の出資は5社から4社になりましたが、それぞれ均等に株を保有しています。CCMの運営は平等性を配慮しながら進めています。
2. S-MIXの構築経緯
JLabs/宇佐見:CCMの取り組みの中でも、三重県内のケーブルテレビ8局を結ぶ広域ネットワーク(S-MIX)の役割が大きいと思いますが、構築に至るきっかけや経緯を教えてください
CCM/田村:もともと三重県主体で、2つのネットワーク=民間開放用の「MIX(Mie Internet eXchange)」と、三重県が自前利用する「行政イントラネット」が、どちらもCATVの光ファイバを県が借り受け、別途、通信機器を調達して組合せる形で運営されておりました。
これらを統合し、更に「三重県CATV=CCMが主体」となって、CATV間利用(生中継の伝送など)だけでなく、「三重県にサービスとして行政イントラネット=広域イーサネットの提供」を目指して構築したのが「S-MIX(Super Mie Internet eXchange)」になります。
JLabs/宇佐見:このネットワークの特徴を教えてください。
CCM/田村:県のイントラネットにご利用いただく以外にも、教育委員会や県警のネットワーク、市役所などにもご利用いただいてます。
さらに地元の事業者間で地域IX的に利用して、トラフィックの低減やネットワークの共同利用にも活用しています。
世代ごとの方式と伝送速度 | |
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第一世代 | VPLS+(一部区間)STP方式:10Gbps |
第二世代 | MPLS方式:20Gbps |
第三世代 | セグメントルーティング(SR)方式:100Gbps |
現在のS-MIXの特徴 |
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・中継拠点間 100Gbps |
・県内全域へのAP(アクセスポイント)設置 |
・主要AP間は異なるルートでの多重化接続 |
・24時間365日の有人監視と保守 |
【S-MIXの概要】
JLabs/宇佐見:どのようなお客様がこのネットワークを利用されているのですか?
CCM/野田:おかげさまで今では、県のイントラネットだけでなく、各種県内ネットワーク(県教委や県警、地元電算会社、国保連合会、医療施設、漁協組合など)にもサービス提供をさせていただいており、地域IXの中でも、CATV間利用に留まらず、顧客を抱えてマネタイズ出来ている。という点は大きな特徴だと考えております。
3. S-MIX運営上で苦労したこと
JLabs/宇佐見:CCMさんと県内のケーブルテレビ局との連携スキームはどのようになっているのですか?
ZTV/中山:県内のケーブルテレビ事業者が光ファイバーケーブルとハウジングスペースをCCMに提供し、伝送装置やスイッチなどのネットワーク機器をCCMが整備して全体ネットワークを構築しています。
ネットワークを利用するケーブルテレビ事業者が運用費をCCMに支払い、お客様からの収入で利益が得られた場合にCCMからケーブルテレビ事業者に還元されます。
JLabs/宇佐見:ケーブルテレビ事業の運用体制などは各社各様で異なっていたのではないかと思うのですが、S-MIXを一つの広域ネットワークとして統一した運用にするために苦労された点はありましたか?
CCM/野田:従来のコンシューマ回線と比べても、比較的重要な回線を取り扱っているという点を、各局様にご理解いただき協力いただいております。
各局のご協力のおかげもあって「S-MIX」は開通より15年を迎えますが、大きな障害もなく安定して運用させていただいており、三重県庁をはじめとするお客様からも信頼を得られているものと思いますし、各局の自信にも繋がっていると考えます。
JLabs/宇佐見:利用が増えることは嬉しいですが、タイムリーに容量の拡張やリニューアルなどができないと競合事業者に劣ってしまいがちです。 費用やマンパワーさらに期間という面で悩むことはありませんでしたか?
CCM/田村:S-MIXはすでに第三世代に入ってきて、都度容量アップ、能力アップを図っています。
CCM/野田:各局の協力によりパフォーマンスは競合に劣ることはないと思いっています。
あえて苦労する点と言えば、案件の引き合い時に、県内8局へ一斉に見積もり依頼をする形となりますので、事前の情報整理や局によってレスポンスが異なることがある為、これらの調整で苦労することはありました。
CCM/田村:8社それぞれから出そろった見積もりを最終的に受注いただける提案として一つにまとめなければいけないので、CCMの経営者として毎回決断に苦労しています。
4.CCMの防災上の役割
JLabs/宇佐見:日本は自然災害の多い国ですし、最近とみに集中豪雨含め災害が増えていますが、ネットワークインフラをどのように守っていくかが課題になると思います。
このような点はどのようにお考えですか?
CCM/田村:2011年9月、台風12号の影響で紀伊半島に大水害が発生し、CCMのネットワークが寸断された事案がありました。早期復旧のために現場に向かいたかったものの、「指定地方公共機関」ではなかったため、現場に入ることができず復旧が遅れてしまいました。
そこで、CCMが三重県の「指定地方公共機関」の登録を受け、さらにCCMが県内の8局と契約することで解決しました。NTTやNHK、LPガス協会と一緒に防災担当者の協議を行っています。
これも、CCMが県のネットワークを運用している実績、信頼から認めて頂けたことだと思っています。
5. 今後の期待
JLabs/宇佐見:今後このネットワークはどのような進化を遂げていくのでしょうか?地元コンテンツや人気コンテンツの配信などにも活用できますか?
CCM/野田:時代の変化に合わせネットワークも進化を続けることが必要と考えます。有線提供の重要さというものは変わらないと思いますが、昨今確実に無線通信のニーズは高まってきていますので、『有線・無線どちらにおいてもCATVのネットワークで!』といったところを目指していきたいと思います。
ZTV/中山:地域の人気コンテンツの観点ですと、花火大会やお祭りなど各局のコンテンツ交換を行っており、ライブのコンテンツに人気が高く、全県に流せることで喜んでいただけます。
CCM/田村:ZTVでは通信事業者として回線の提供を行っていますが、有線でもスライシングサービスが要件に入ってきますので、県のネットワークもスライシングが必要になってくるでしょうからS-MIXもこれに対応して投資していかなければならないと思っています。
ローカル5Gの特徴にもスライシングが入っており、これがキラーコンテンツになってくるだろうと思っています。 ローカル5Gでスライシングするためには有線ネットワークもこれに対応しなければ意味がないので、真剣に検討する必要があると考えています。
JLabs/宇佐見:本当に力強いことばをいただき感激しています。
まさにコアネットワークの進化、ネットワークスライシング、Software Defined Networkを実現する有線と無線の融合、これらがネットワークサービスで勝ち抜くためのキーポイントだと思いました。
JLabs/宇佐見:コンピュータリソースをネットワークの中に溶け込ましておく、MECのような技術で低レイテンシーな機能を提供することで、eSportsや災害などで緊急性を要するネットワークサービスなどに通信事業者として応えていかなければなりませんが、CCMさんとしてはいかがでしょうか?
ZTV/中山:昨年度構築したS-MIXは三代目になり、セグメントルーティング方式でのネットワーク構築ができました。
各CATV局の拠点に機器が設置できているので、そこにMECを設置することで低遅延なサービスを提供したり、スライシングを実現するなどは考えられます。
6. 経営者から見た過去・現在・未来
JLabs/宇佐見:ネットワークをリニューアルし、24時間の監視体制を維持しながら、CCMを増収増益に運営することは難しいのではないかと思うのですが、どのようなご苦労がありましたか?
CCM/田村:当社社員だけでなく、各CATV局の通信技術担当などにも多いに協力いただいており実現出来ています。
こういった環境を維持していく為にも、意思疎通を図ったり、情報共有したり努力しています。
今後、これを増収増益に結びつけていくためには、ネットワークの高度化を進めて行くことによって行政の信頼を勝ち得ていくことが不可欠ですし、そのためにはCCMに参加しているCATV各局のご理解が必要と考えています。
JLabs/宇佐見:ケーブルテレビ連盟の『2030ケーブルビジョン』ではアクションプランとして「地域DXの担い⼿になる」と提唱されていますが、すでに三重県情報ネットワークに利用されていて、地域DXの担い手になり得ていると考えて良いですか?
CCM/田村:基本的にそう思っています。
根幹となる「県域の通信イントラ」を構築、運用させていただいてるので、地域DXの基礎になると思います。今後県内のケーブルテレビ各社と一緒に地域DX分野において積極的に関わっていきたいと考えております。
JLabs/宇佐見:S-MIXを県内のケーブルテレビ事業者横断で運営することで、ZTV社員や他社の人材育成につながることはありますか?
CCM/田村:S-MIXというネットワークサービスの提供は、非常に重要な顧客、回線を抱えており、幹線だけでなくアクセス部分に至るまで、県内8社にご協力いただくことではじめて、サービス提供が出来ております。
当然、その運用はシビアな対応を求められますが、その分、県内8社の技術担当者は皆、意識も高く、結果スキルアップに繋がっていると考えております。
最近はJANOGや地域NOGなどにも県内の事業者で参加するようなって、さらに技術力を高めていく努力をしています。
JLabs/宇佐見:三重県だけでなく、全国の他の地域で同様な広域ネットワークを構築し、自治体や企業に利用してもらう場合、構築や提供する側として気を付ける点やアドバイスなどはありますか?
CCM/田村:当然のことながら自治体・行政の皆様が、日々の業務で扱う情報は機密情報です。
その為、徹底的に安心していただけるという点が大切になってくること、それに加え、高帯域、安定性、可用性、利便性、かつ地域に密着した事業者だからこそ可能な柔軟性が私たちの強みと考えています。
このような点に磨きをかけていくことによって、大手事業者にできない、手の届きにくいところも含めてCATVが優位性をもって、信頼を発揮していくことができるよう努力していこうと思っています。
JLabs/宇佐見:お客様ごとの要求に合わせて、信頼性、セキュリティーなどきめ細かに対応できるのが、ケーブルテレビ業界の特徴であり、強みであると思っています。
その実践を全国に広げるという意味でアドバイスいただき、ありがとうございました。
本日はケーブルコモンネット三重の皆様にS-MIXのお話をお聞きしました。
どうもありがとうございました。
ローカル5G:モバイル通信事業者ではない企業や自治体などが、一部のエリアまたは建物・敷地内に専用に構築する5Gネットワーク
コアネットワーク:通信に関連するさまざまな役割を担うネットワークで、端末の認証や位置管理、ネットワークのポリシー制御、パケット転送制御、通信経路の確立などを司る
SDN:Software Defined Network
ソフトウェアによりネットワーク機器を集中的に管理・制御して、ネットワークの構成や設定、変更、運用などを動的にまた柔軟にできようにする技術
MEC:Multi-access Edge Computing
端末になるべく近い場所にエッジサーバーやクラウドを構築して、通信のレスポンスを高めて低遅延を実現
低レイテンシー:転送要求を出してから実際にデータが送られてくるまでの遅延時間が短く、レスポンスが早いこと
eSports:Electronic Sports
コンピュータゲーム(ビデオゲーム)をスポーツ競技として捉えた名称
セグメントルーティング方式:ネットワークをSegmentという要素を用いて表現することにより、分散型でのインテリジェンスと集中型での最適化とのバランスがとれたルーティングアーキテクチャで、ネットワークを拡大する際などにパフォーマンス保証やリソース効率などで利点がある
JANOG:JApan Network Operators’ Group
インターネットにおける技術事項やそれにまつわる事柄やオペレーションを議論、検討、紹介するグループで、年2回大きなイベントを開催している