No.1 ケーブルテレビ(株)(栃木県)

2022年7月号掲載

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「tochigix(トチギックス)」に見る地域IXのチャレンジ

第1回は栃木県のケーブルテレビ株式会社(以下、一般名称と区別するため「ケーブルテレビ(株)」と記す)を訪ね、地域IX(*1)である「tochigix(トチギックス)」を紹介します。
インターネット業界では20年以上前から地域IXが常に話題にのぼり、各地でトライアルやサービスをスタートしましたが、なかなか目立った成果が出ないケースが多い状況でした。 また、ケーブルテレビ事業者が地域IXを運営するケースも珍しく、きっかけや苦労話、これからのビジョンなどをお聞きします。

マスコットキャラクター「きゅーちゃん」
(左より)ケーブルテレビ(株)通信システム課 石川英昭氏、代表取締役社長 髙田光浩氏、技術部 日里友幸氏

「tochigix」を始めるきっかけと役割

総務省では、昨年「インターネットトラヒック研究会」の報告書の中で、
・インターネットトラフィックの中継拠点であるIXは接続ISP数で見ると東京、大阪で98%を占め、大都市に集中。
・ISPをまたがった通信は同一地域内のものであっても、都市部を経由。
・ネットワーク利用の非効率が存在するとともに、都市部の災害時における全国的な通信機能の低下が懸念。
・このため、地域へのIX設置を推進し、地域の複数ISPのトラフィック集約を促すことで、ネットワーク利用の効率化や耐災害性強化を図る。
と、インターネットのネットワーク構造の非効率解消のため、トラフィックの地域分散が必要とまとめています。
同様に日本ケーブルテレビ連盟が2030年に向けて業界が担うべきミッション・目指すべき姿、およびアクションプランを策定した「2030ケーブルビジョン」の中で「安全で信頼性の高い地域No.1ネットワークを構築する」という目標のひとつの手段として、「地域IX・リージョナルクラウドによるトラフィックの地産地消の実現」を掲げています。
ケーブルテレビ(株)では、いち早くFTTH化に取り組み、常に最新でより良いサービスを地域のお客様に届けるよう努力してきました。その結果、現在では8割以上の地域で10Gbpsのインターネット接続サービスが提供可能という大手通信事業者に勝るとも劣らないほどインフラが整備されています。
地方であっても都市部と変わらない、むしろより快適なインターネット接続を提供したいと常日頃思っていた技術部 部長代理の日里友幸さんは、地域や業界のためになることをしたいと地域IXを自社で立ち上げようと発案しました。すでに近隣局とは光ファイバーで接続されており、放送では夏の高校野球中継などが局間で伝送できる環境にあり、日ごろ各局のエンジニア同士のコミュニケーションも良くとれていたこともプラスになります。
また、代表取締役社長の髙田光浩さんは「以前より日本ケーブルテレビ連盟や日本ケーブルラボ等の活動にも積極的に参画し、業界全体の成長と生き残りのための事業者連携の重要性も考えていたので、地域IXは地域全体のトラフィックの地産地消化につながり、インターネットの快適性を高め、さらに近隣局と協力してコスト削減にもつながる」と理解を示し、日里さんや社内に是非進めるべきと後押ししてくれたそうです。

ケーブルテレビ(株) 代表取締役社長の髙田光浩さん

全体のシステム構成

ケーブルテレビ(株)通信システム課 係長の石川英昭さんに全体のシステム構成をお聞きしました。
ケーブルテレビ(株)と宇都宮ケーブルテレビ(株)、鹿沼ケーブルテレビ(株)、わたらせテレビ(株)の近隣3社を自営の光ファイバーで接続し、ケーブルテレビ(株)と近隣3社のヘッドエンドにスイッチを設置しBGPでピアリング接続を行う仕組みになっています。

近隣局をつなぐ「tochigix」のスイッチ

また、CDNキャッシュサーバーや汎用キャッシュサーバー、トラフィックの可視化ができる装置をケーブルテレビ(株)に設置して4社で共用するかたちをとっています。

「tochigix」が果たす役割

さらに石川さんに、「tochigix」で検証および実現している役割を説明してもらいました

[1]トラフィックの地域折返し
通常、IXの持つトラフィックの交換ポイントは東京・大阪に集中しています。つまり同じ県内や市内でインターネットを使っていても、トラフィックはわざわざ東京・大阪と往復していることになります。
そこで、わざわざ東京までいかなくても、地域で折り返すことで(いわゆる「地域IX」としての効果を出すことで)、上位トランジット回線の消費は少なくなり、エンドユーザーへのQoE向上につながることが期待されます。


[2]上位回線バックアップの共用
首都直下型地震等を想定し、上位回線の東京一極集中のリスクを軽減するため、東京以外でバックアップするようにネットワークを構成しています。具体的にはケーブルテレビ(株)が栃木県から東京を通らずに大阪へ接続する回線を契約し、近隣3社で共用することで上位トランジットを利用する仕組みです。大阪に迂回した場合、遅延などの影響がどの程度発生するかなどを確認しました。

「tochigix」による上位回線バックアックの共用

[3]CDNキャッシュサーバーの共用
ケーブルテレビ(株)に設置したCDNキャッシュサーバーを近隣3社と相互接続し共用することで、各社は上位回線のコスト削減、CDN事業者はコンテンツの効率的な地域配信、エンドユーザーは低遅延で安定した品質でのコンテンツ視聴といった相互のメリットが見出せます。

「tochigix」によるCDNキャッシュサーバーの共用

[4]汎用キャッシュサーバーの設置と共用
ケーブルテレビ(株)にMasterとなる汎用キャッシュサーバーを配置し、栃木県内3社にClientとなる汎用キャッシュサーバーを配置、Master⇔Client間でコンテンツ同期させます。
近隣3社では、新しく構築した相互接続ネットワークをコンテンツの交換及び同期に使うことで上位回線の消費を抑えることができます。
Clientを栃木県外2社のケーブルテレビにも設置しており、東京のIX越しにコンテンツ交換及び同期を実施します。ケーブルテレビ㈱から見ると空きのある上り回線を使用できます。
さらにピークシフトをおこない、トラフィック量の少ない時間帯でサイズの大きいコンテンツの交換及び同期を行うことで帯域を有効利用できます。

「tochigix」による汎用キャッシュサーバーの設置と共用

構築や運用面で苦労したところ

石川さんによると、目立った問題といったものは発生しなかったそうですが、構築時、近隣局にCDNキャッシュによるコンテンツ配信が上手くいかないことがあったとのこと。
運用時にはキャッシュサーバーで細かな問題がいくつか発生したものの、その都度担当の皆さんと話し合い、ベンダーコントロールも行いながら乗り切ったそうです。

ケーブルテレビ(株) 通信システム課 石川英昭さん

「我々はISPとして、主に一般家庭のお客様に対して絶対に止めないネットワーク運用を心がけておりますが、ISP同士での接続がこの地域IXで実現され、近隣ISP様のネットワークに万が一のことがあってはならない!といったプレッシャーは常につきまとっておりました」と当時を振り返る石川さんには、各社のエンジニアたちが自社のネットワークだけでなく、栃木県内4社のネットワークを安定的に運用する使命を共通に担うという強い責任を感じている様子がうかがえました。

「tochigix」の効果と課題

いくつもの検証を重ねた「tochigix」のなかで日里さんが強調するのは 「何よりCDNキャッシュサーバーの効果が一番大きかった」という点でした。
「一般的にCDNキャッシュサーバーは全国のケーブルテレビ局で設置してもらえるトラフィックのしきい値が高い場合(一定のトラフィック量がなければ設置してくれない)があり、これを地域の各局をひとつにまとめることでトラフィックボリュームを出せ、サーバーの容量増設などにもつながりました」と、想定以上の効果がうまれたことを教えてくれました。

ケーブルテレビ(株) 技術部 日里友幸さん

「また皆さんケーブルテレビ事業者であり、せっかくなのでHOG(Headend On the Ground:地上伝送ネットワークによるデジタル映像の配信システム)の多重化も行いました」。実際はこちらの方が切実だったと振り返る日里さん、地域でまとまることの効果がインターネットだけでなく、放送サービスなどいろいろなところに波及していったそうです。
持続的な運営に向けた課題についてお聞きしたところ、「開始して2年になるが、最終的にはtochigixが自走していけるかが重要で、そのためにかかる費用は参加事業者で折半していますが、運用は相互に協力するという体制にしたので、ワリと安くできていると思っています」とのこと。
4社で協力することにより、費用面は各社負担分で済み、運用面は4倍近い効果を出せたのではないでしょうか。

人材育成に果たした役割

実証という要素もあり、新しいことにもいろいろとチャレンジされた「tochigix」ですが、実証を言い訳にして『失敗も成果の一つ』という前向きな考えも持っていたとのこと。
さまざまな課題が出てきて、それらを皆で解決していったので、「tochigix」を通して担当者同士のチームビルディングにもつながったようです。
ただし、実証と言いつつも油断することなく、お客様のインターネット接続に不具合を起こさないという点は第一に守られていたし、自社の作業が他社での不具合を誘発し、障害が発生しないようにも相当に気をつかっていました。
「コンソーシアムとしては相互に対等な関係でいるようにも意識し、上下関係もなく、相互に助け合うというのがとても効果的に働いたとも思っています。IXで言うPeeringは対等の意味でもあり、インターネット業界では元々そういった互助の精神があると思っていて、それが皆さんの意識の中にも潜在的にあったのだとも思っています」と、日里さんは決して1社だけでは実現し得ない人材育成の効果を語ってくれました。

他の地域でIXを進める上での注意点

他地域でIXを進める上での注意点について、3人にお聞きしました
通信システム課 石川さん】
当社だけでなく近隣ISPと連携して進めているものでもありますから、自社のネットワークの知識だけでなく、他社のことも知っておく必要があります。お互いの技術交流を定期的に実施しつつお互いに運用できる関係性が重要なのではないでしょうか。ネットワーク技術に長けた若手スタッフの育成も必要になってくるかとも思います。
また、「やってやるぞ!」という情熱や雰囲気作りも重要です。

【技術部 日里さん】
なんだかんだ言っても最終的には人同士の連携が重要です、そのために常日頃からコミュニケーションが取れるようなコミュニティがあるのが望ましいです。

【髙田社長】
地域が連携することの重要性を経営者も理解していって欲しい。また日頃から若い社員にどんどんチャレンジさせる社風にすることも重要です。
小規模なケーブルテレビ事業者では技術者の人材不足という課題があるので、事業者連携する際には核となる会社が出てくることが望ましく、地域IXを検討し周囲の局に声をかけていくことで進められるでしょう。

(左から) ケーブルテレビ(株) 通信システム課 石川英昭さん、技術部 日里友幸さん、代表取締役社長 髙田光浩さん

IXは1社の努力だけでは成立せず、参加する事業者が多ければ多いほど享受できるメリットが雪だるまのように膨らんできます。そのためには日頃のコミュニケーションや経営者の理解と後押しが不可欠のようです。

デジタル田園都市国家構想に向けて

髙田社長によると、「新型コロナウィルス感染症の影響もあり、インターネットはいままでに増して重要になっています。さらにネットワークの強靭化を全国の田園都市でも進めていくことも不可欠で、地域IXはそのキーワードになります。ケーブルテレビ事業者にとっては、増加するトラフィックへの対策が重要な課題であると同時にチャンスととらえることもできる。お客様のかゆいところに手が届く、地域密着のケーブルテレビ事業者が連携することで、1+1が3以上になり、大手キャリアに負けないもしくはそれ以上の力を持つことができると思っています」とのこと。
地域IXはトラフィックの地産地消に大いに貢献しますし、事業者連携する意義も大きいです。
しかしIXだけに留まらず、その他にも事業者同士が連携してできることは沢山あると、髙田社長は教えてくれました。
「地域に根づいた我々が、光ファイバーやローカル5Gなどを駆使し、地方のデジタルインフラを充実させ、またそれらを活用するソリューションを提供することで、ケーブルテレビ事業者は地方創生における大きな役割を果たせるはずです」。これこそが、デジタル田園都市国家構想が目指す将来の姿ではないかと思いました。

人と人のつながりで成り立つ「tochigix」

最後に日里さんから全国のケーブルテレビ事業者の皆様へメッセージを頂戴しました
「地域IXはネットワークのつながりですが、つくづく感じたのは人と人のつながりがとても重要なことです。いろいろな人との出会いが自分を変えてくれたし、上司や部下、周りの人に恵まれてできたことだと思っています。それに対して、感謝の気持ちを忘れないこと、謙虚であること(天地人があってたまたまできただけ)が大切。tochigixがひとつの成功モデルとなることで、日本の各地にも地域IXが横展開され、日本全体のインターネットがより快適になると嬉しいです」。

地域IXに重要だと感じたこと(天地人)
●原文
『天時不如地利。地利不如人和。』<<「孟子」公孫丑から>>
●読み下し文
『天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず』
●意味(コトバンクより)
天の与える好機も土地の有利な条件には及ばず、
土地の有利な条件も民心の和合には及ばない。
『天の時』
⇒先駆者、人との出会い
⇒タイミング
『地の利』
⇒CATV事業者が隣接していた
⇒FTTH化が進められていた
『人の和』
⇒コミュニティ
⇒地域・故郷を良くしたいという想い

上記3つは如かずというわけではなく、ともに重要だと感じました。

業界のフロントランナーを紹介する新企画、第1回はケーブルテレビ業界で地域IXを開始した栃木県のケーブルテレビ(株)を訪問して、「tochigix」を取り上げました
新たなプロジェクトやサービスを立ち上げる際、社内のチームワーク作りも大変ですが、参加各社が同じベクトルを向きながら協力していく体制も重要です。
そのためには、日ごろから社員同士のコミュニケーションや経営者間での相互理解が必要であることがわかりました。
各地で地域IXがスタートする兆しが見えてきましたので、今後とも低遅延&高品質、コスト効率化、地産地消、人材育成などに役立つことが期待されます。